2005.10.18 (Tue)

第一次大戦の列車砲

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第一次世界大戦に使用された牽引砲、おもに列車砲の画像がアップしてあるページです。
ドーラ」など第二次世界大戦の独軍の列車砲については、あちこちに画像がありますけど、第一次大戦のものは珍しいので、「Introductory Notes」だけでも全訳してみましょうね。

大戦初期、1914年の夏にベルギーに侵攻したドイツ軍は、砲撃による前哨がその後の戦況に極めて有利であることを世界に知らしめました。
「ビッグバーサス」と呼ばれたクルップ社製の42cm榴弾砲、またオーストリアのスコダ社製の巨大な砲門がベルギーの国境要塞をいとも簡単に突き破ったのです。 このことはその後の兵器開発競争にも影響を与え、世はまさに巨大砲時代の幕開けとなりました。

このような巨大砲には、二つの種類があることをまず説明しておかねばなりません。
ひとつは一般的に大砲と呼ばれるカノン砲で、目標を真正面に捉え、長いアーチを描いて砲弾を叩き込むもの、もうひとつは榴弾砲や迫撃砲と称せられるもので、角度を大きく、山なりに打ち上げて敵の頭上から砲弾を降らせる類のものです。
これらの砲の口径はインチなりセンチメートルなりで表され、軍艦に積まれている砲が砲弾と射出するための火薬が別々なのに対して、こうした陸地の巨大砲はあらかじめ砲弾に火薬が組み込まれているというちがいがあります。

第一次大戦中、最も大きな砲は、ドレッドノート級戦艦の主砲でした。 砲径は12-16インチ(30-40cm)で、これほどまでに大きな砲が作られたというのは、まさに戦争という名の産業革命、兵器開発競争の賜物だったわけです。
巨大砲の台座として軍艦は最適でした。 砲撃による衝撃は海面に吸収されたからです。 それでも砲塔に設置された二つの砲門が同時に砲撃することは回避されていました。 これは、衝撃で軍艦がローリングを起こすのを防ぐためです。
いっぽう地上に置かれた砲の台座は、この衝撃に対処するために、コンクリートで固められたものが多く使われました。

ソンム河畔での塹壕戦、停滞した西部戦線のなかで使われた砲は、単に大砲に台車を付けたもので、多くは軍用トラクターによって移動させられましたが、退却時には敵の手にわたってしまうという欠点もありました。
そこで現れたのが列車砲です。 実際、列車砲はこうした巨大砲を据え付ける台座としては実に適していたのです。 線路があればそれに沿ってすぐさま移動させられますし、反動は車両が後退することによって吸収されます。 その射程は30マイル(40km)にも及び、またこれら列車砲のなかで最大の砲は、フランスはシュナイダー社製の520mm榴弾砲で、砲弾の重さが3,100ポンド(約1.4t)もあったといわれています。

第一次大戦に使用された列車砲のなかで、最も悪名高い砲といえば、ドイツ軍の「パリ・ガン」でしょう。 ロング・マックスまたは、ビッグ・バーサと別名もありますが、クルップ社製の42cm榴弾砲とは別物です。
この砲は戦術的というより戦略的な効果があった砲で、70マイル(約110km)離れたところから、3分弱で砲弾を撃ち込むことが出来たそうです。 もちろん正確さには欠きましたが、当時のドイツの技術力の高さが存分にうかがわれます。

(パリ・ガンは、リンク先画像の上から6番目。 その下は第一次大戦最大の砲、シュナイダー社製の520mm榴弾砲)

■関連サイト : Railwaygun, Armoured train & Military railway webmuseum

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