2008.09.09 (Tue)
16歳で大学に入学した女性が「愛人」志願―中国農村部に生まれた女性の悲哀

―華商網―
中国農村部と都市の格差はひろがるばかりですが、9日付けの華商網によると、山奥の寒村から大学に通うようになった女性の「寧做三奶、不嫁窮人(たとえ愛人としてでも。貧乏人には嫁がずに)」と題された文が掲示板にアップされ、3日間で70万のアクセスを集めると同時に各掲示板に転載され、賛同、反対とおおきな反響をよんでいるようです。
この女性、名前はあかされていませんが、センセーショナルな題名とは逆に、まだ半分にも充たない人生のなかでの努力と絶望はあまりあるもの。それを明かした上で、貧乏人はまっぴらごめん、できるならば愛人をと志願しています。ある意味、中国の抱えるおおきな問題を提示しているのかもしれません。原文はかなりの長文ですので端折って紹介しますね。
わたしが生まれたのは北の辺鄙な農村です。辺鄙な農村といっても、多くの人にはなかなか字義通りにはわかってもらえないかもしれませんね。
村から最寄りのバス停までは20キロあります。このごろでは村を出る際に、バス停まで自転車をつかう人が多くなりましたが、前はみなバス停までよく歩いたものです。もちろん村の道路が舗装されている筈もなく、でこぼこ道で晴れた日には砂埃が舞い、雨の日には全身に泥が被さります。
村人たちは牛や馬などの家畜を飼い、しかも柵飼いはしないために、村の道路がこれらの家畜の糞で埋まります。道路で用を足させるのは、自分の家の庭を汚したくないため。牛糞、馬糞、驢糞、豬糞、羊糞、そして家鴨の糞が道路の至るところに落ちているのです。
村では大根と白菜を産します。そのほかにはサツマイモ。ただし農村といえど、これらの野菜を新鮮なまま口にすることはありません。たいていは塩漬けにしたものが食卓に上がります。炒めたほうが味がいいことは知ってます。でもそれには油を買わねばなりません。
炒めた野菜を出すのは、親戚がきたときと春節にかぎられるのです。わたしが油条(揚げパン)なるものを初めて口にしたのは大学にはいってからでした。
こんな状況ですから、病気にかかったときに対処すべく術がありません。診察代はなく、不治の病でなくとも手をこまねいて死の到来を見守るしかないのです。
わたしの祖父が倒れたとき、国営の衛生院の医者でさえ、薬代の2元を負けず、家族全員が跪いて頼んでもその薬をつかってはくれませんでした。祖父は手も施されず衛生院で亡くなりました。
農村はけして「発展」はしていません。少なくともわたしの見てきた30年近くで変わったところはなにひとつないのです。わたしが生きている間に変わることがあろうとも思えません。
【More】
わたしは70年代の末の生まれです。家族はほかに妹が3人、弟が1人います。養うことができないのにどうしてそんなにたくさんの子供がいるのかと疑問に思う方もいるかもしれません。でもその方はきっと農村の現状をわかっていらっしゃらないのでしょう。じつは一人っ子政策を破るのは、本当の金持ちか本当の貧乏人かの何れかなのです。子供がたくさん生まれる原因は、いちに村に娯楽がないこと。日中働きづめに働いて夜は土を盛った床に休むばかりの毎日。子を産み育てることのほかに生活を楽しむ術がないのです。
そして避妊知識の欠如。わたしの母は、妊娠したときに流産させようと縄でお腹を括っていました。またタバコの灰を飲んでいたことも思い出します。
こうしたことに相まって農村の仕事というのは力仕事が主で、女性は男の子を産まねば一族に疎まれるのです。わたしの母は弟を産むまで、家族のものから叩かれ、罵られ続けてきました。わたし自身も兄弟が女ばかりということから、ずいぶん苛めにあったものです。
しかしながら、わたしは村人たちが貧しいゆえに善良な人々だとも申し上げるつもりもありません。どの家でも子供を抱え、もがくような生活をしているのに顧みる余裕なんてあるでしょうか。
記憶にあるのはわたしが5歳のとき。父母が野良仕事に出ている間、家の中で妹といっしょに留守番をしていると隣近所の人がやって来て、菜刀と鍋を借りていったことがありました。しかし父母がただすと借りた近所の人は、鍋や包丁はもらったものだと言い、埒があきません。わたしは母に叩かれ、家ではしばらくの間みな、鍋がないため鍋からごはんをよそっては食べられませんでした。
また9歳のとき。綿花を盗んだ女の人が畑の持ち主の男性につるし上げられたのを間近で見たことがあります。村の広場で見せしめにしてやるという男性に対し、必死で許しを乞うた女の人は、もし見逃してくれたら一緒に寝るとまで男性に訴えました。2人はその後、服を脱いで綿花畑に消えました。
そのときは意味がわかりませんでしたが、今では思い起こすと吐き気すら覚えます。
わたしは村で初めての、そしてただひとりの大学生でした。字が読めない男の子も多い村で、わたしが大学にまで行くことができたのは父のお陰です。
退役軍人の父は村では珍しく、見識というものをもった人でした。字の識別は厠の男女別を見分けられればいいといった村の風潮でしたが、父の教えはそれに飽きたらさせず、わたしにひたすら勉学の道をすすませたのです。小学校は、10数人の子らと10数里の道を歩いて学校に通います。しかしやがて1人欠け、2人欠け、最後に残ったのはわたしただ1人でした。
中学に通うようになったわたしは、学校にあった麦わら細工の本を読み、自分で収入を得ることを思いつきました。まずは麦わら1皿を2角(約3円、10角=1元)で買います。この1皿で麦わら帽子を1日に5つ編むことが出来るのです。授業中こうして麦わらを編み続けたわたしの収入のほかに、妹たちがわたしを支えてくれました。いちばん下の妹などはわずか7歳のときに父についてレンガ工場に働きにいきました。レンガを積んだネコ車を2キロも押して、ようやく2角という仕事です。
当時は飛び級も存在し、わたしが大学に入学したのは16歳でした。また学業の成績がよければ授業料もそれに応じて免除されるという制度もあったため、わたしはなんとか勉強を続けられました。いまの制度でしたらきっと無理だったにちがいありません。
父は家のブタを売ったお金でわたしに生活費を送ってくれました。毎月45元というつましいものでしたが、わたしは更に月20元にまで生活費を切りつめ、残ったお金を家に送り返しました。
食事は饅頭に鹹菜。服は制服がありますからそれで事足ります。化粧品の類は買いません。ただ大学生になって初めて、自分の家がどれほど貧しいかを知ったときには落ち込みました。
寮生活は活気にあふれていました。しかしながら、オシャレして街をぶらつく女子大生のなかでわたしは深夜までのアルバイト。一度などはおなじ寮の女子大生の母親から、うちの大事な娘を乞食といっしょに住まわせる気?と苦情があったそうです。もちろん乞食というのはわたしを指してのこと。年柄年中着たきり雀で、それも親戚の古い服を自分で仕立て直したもの、といった格好でしたから無理もなかったのかもしれません。
それでもようやく卒業までこぎつけたわたしを待っていたのは就職難でした。弟も大学に入学するという知らせ、そして母が病で倒れたことを聞いたわたしは、故郷にもどることもできないままに職を探してあちこちの都市を転々とします。いい仕事を探せないいちばんの理由は英語が不得意だったことです。村の学校では英語を教えませんでしたから、そのまま大学に進んでも英語だけは避けていたのです。
弟の学費は、制度がかわって万元にとどこうかという途方もない額でした。くわえて家がどんなに貧しかろうと、両親が健在、そしてわたしが大学を卒業しているという環境では生活保護も認めてもらえません。いっぽう母の医療費は一刻をも争うものです。わたしは途方に暮れました。自殺をも考えました。しかしわたしが死んだからといって何ひとつ解決するものではありません。
思いあまったわたしは「当たり屋」を試みました。たとえ命を失ってもその保証金で弟や母を救うことはできます。意を決して車の前に飛び出したわたしは、運転手の咄嗟の判断に救われ、轢かれ死にすることだけは免れました。
頬を打たれ、足蹴にされたわたしでしたが、その後抱きかかえられて病院に連れていかれると、運転手はわたしが死のうとした理由を訊ねました。訳を話すとその男性は後日、5000元という大金を病院に届け、去りました。男性の名前も勤め先もわかりません。わたしは生涯、この男性の存在を忘れないことでしょう。
いまわたしは上海にいます。上海は給料が高いということを人づてに聞いてやって来たのです。
でも30近くになり、さほど見た目もきれいとはいえず、英語が不得意な女にどれほどのお金が稼げるというのでしょう。とある会社で事務をとり、月1800元。獎金(賞与)はありません。
家賃と光熱費で月600元、家に仕送りが800元、残る400元が生活費ですが、交通費を除くと1日1食がやっとです。
いまはただただ病気に罹ることだけが怖ろしく、以前栄養不良で倒れ、病院に運び込まれた際には検査のために千数百元もとられ、目の玉が飛び出る思いでした。
その仕事も身分証がないため、オリンピック開催とともに会社から解雇されました。わたしの身分証といえば、大学の卒業証書のみ。それも十年前のとなれば通用する筈もありません。
勉学のため村から大学に移した戸籍は故郷にもどすことが出来ず、村の所在する県政府で集体戸籍をを取ろうにも住所不定のために取れず、わたしの戸籍は浮いたままになっているのです。
仕事を失い、蓄えもない現在、わたしは来月の家賃さえ捻出する方法がありません。
上海で、こんな3人の女性たちと知り合いました。
ひとりは香港の男性の愛人をしています。身につけるものはブランド品。毎日ごちそうを食べてそのほかに月に1万元もお小遣いをもらえるのです。
ひとりは夜総会(ナイトクラブ)で働いていて、軽蔑に値しますが、少なくとも食事と住む家には不自由しません。
もうひとりは、上海でおなじく地方出身者同士で結婚し、夫婦で月5000元という収入を得る女性ですが、最近旦那さんが病気になったそうで生活が一変したそうです。それでも持ち家ですから路頭に迷うこともありません。
さて、ここまでお読みくださった方に問います。
わたしはあなたの愛人になりたいのです。わたしがこれまで愛人にならなかったのは単に機会がなかったからでした。わたしは必要とされればやり遂げる自信はあります。
けして高い額を要求したりはしません。地方でもどこでも住まい、食べるものに事欠かず、着るものを与えていただければ結構です。
罵られることは覚悟のうえです。でもわたしのこれまでの話を聞いてださった上でなお、わたしのことを軽蔑されますでしょうか。

16歳で大学に入学した女性が「愛人」志願―中国農村部に生まれた女性の悲哀―続き
かわいくね?
しかし、こういう、つつましい経済力を要求して日本人とくっついて来日して、
日本人の経済力を知って旦那から搾取しまくる中国人って多いね。
自分も夜の仕事をして稼いで故郷に送りまくり。
ついには旦那を殺害した事件もありましたねぇ。
恥ずかしながら、戸籍問題のことなど知りもしませんでした。
愛人になるのは是非とも思いとどまって欲しいけど、
日本で生ぬるい人生を送ってる身、言葉に説得力がないな・・・。
自分の状況を的確に客観的に文章にできて、
インターネットも使えるスキルがあるのなら、
仕事についていた時にネットを使った副業を初めていて欲しかったですね・・・。
麦わらから麦わら帽子を作ることを思いついたときの様に。
家族のために車に身を投げる、そこまで切羽詰まった究極の貧しさ。
ずっと死ぬほど辛いどん底の人生を生きてきたこの女性の望みは、日々の糧と
馬鹿にされない程度の衣服だけというささやかなものなら、手段はどうであれ
せめてそれぐらいの望みは叶えられてほしいです。
愛人に賛成というわけではありませんが、飢え死にするよりはマシなので。
生きていればまた愛人からなにがしかにステップアップできるかもしれませんし。
でもこの写真は一気に説得力なくしますねΣ(゜∇゜|||)
写真も考慮すると、これは体制批判を企図した巧妙な釣り&社会への問題提起って感じなのかな?
いずれにしても、このような現実は無きにしも非ずでしょうね。
村人の不明さや戸籍が浮くなどのディテールを読むと誰かの(写真は、中国特有の誰かがやった「際立たせるための偽装」でしょう)実体験またはそのコラでしょう。
戦前や敗戦後の日本の様ですが、都会に住む格差に無関心な人へのメッセージだと思いますが、違うのは「大卒なのに職がない」点。
日本の大卒飽和+慢性不景気とは違うはずなの就職難なのは、時代遅れの教育内容と大都市偏重、中小企業の少なさといった政府の舵取り失敗にあるようだが、これが教育不信に繋がれば今以上のカオス化が進む。
反響があったということは中国でも「大卒愛人・大卒売春婦」が「おかしい」と思っているということ。
そこから「意識問題→構造問題」へ発展すれば、少しは後進国から脱却できると思いますけど。
(でも漢民族って「やなら俺と同じ生活をしろ!」で終わるからなぁ)
http://zcl1954.blog.163.com/blog/static/7119040120088885744608/ とか・・・
ボカシなし画像よく見つけましたね。
まぁ、アレですね。
オリンピックより、有人宇宙飛行より、軍備の最先端化より
しなきゃイケナイものが山積みなんですけどね、中国は。
でも、所詮は国威発揚、民族意識高揚が第一と書けば、
それらしく聞こえるも、簡単に言えば、
見栄とハッタリなんですよね、中国人って。
中国の農村をまわったことのある私からすると、30まで売りをしなかったほうが疑問
ん〜でも、これ程度のことはよく聞いた。がんばりようがない国の中ですが、がんばってとしかいえません。
私から言うと、これくらいの話は、その辺に
ごろごろしていて、全く珍しい話ではない。
それが、オリンピックまでやった、中国の現実。
北京は中国じゃないとかそんなオチ?
もちろん愛人稼業も軽蔑しているでしょう。
軽蔑しつつも、生きるためにはその道に身を落とすしかないと考えてのことでは?
好き好んで愛人になりたがってるわけじゃない。
だからお涙頂戴の物語を書き連ねているわけで。
言い訳をこれだけ並べて世間や自分に言い聞かせることで、身売りする覚悟を持とうとしているように感じました。
しかしこれだけ急速に発展してるのに、英語が出来なければ職がないのか。
同じアジアの国なのにどうして違いが出るのだろうか?
なにが原因なんでしょうか
ジョージ・オーウェルの「動物農場」のおちのまんまだよね
そちらの方は学はないものの、なかなか優雅に暮らしておられるようで。
こちらの女性も、3人の異なる女性の生き方を見て、本望ではないでしょうが、その一つを選ぼうとするように、かの国では、愛人という人生も、女が生きる為の選択肢の一つなんですね。
社会の現状への皮肉を込めた釣りなら、GJ!
本気の募集なら、考え直せ!掲示板なんかで募集せずに、君が軽蔑するキャバクラで働いてみてはどうか、金も貯まるし、甲斐性のある男だって見つかるかも。
金に飽かせて女を囲う官僚や党幹部が、容姿が崩れようと死ぬまで養ってくれる保証があるかい?そこに愛はあるのかい?
と言ってやりたい。
それに国家そのものだってこの先の保証(ry
あちらでは、お得意の人海戦術による人肉検索によって特定が目下進行中かな?
釣りだったら急いで国外へ逃げてーーー
>日本の大卒飽和+慢性不景気とは違うはず
中国の大卒も飽和状態です。
日本より。景気だって、全国的にいいわけじゃないです。
去年は570万人が入学しました。普通にほぼみんな卒業するので、4年後はこの人たちの何割かが仕事ないです。
日本のようなところでも50万の卒業生を受け入れるのがやっと。
いくら10倍の人口の国とはいえ、市場は10倍じゃないし。。。。
おそらく農村のようなところだと、父親が軍上がりとかでないと教育の必要性を認識できないのでしょうね。
都市部出身のどーしよーもない甘やかされた大卒より、こーいう人にいい仕事を与えたほうがよっぽど活躍すると思うけど..難しいのでしょうね。
でも原文のコメントを読んだけど、同情票と批判票が6対4ぐらいの割合で驚く。「もっと頑張れ」という言葉は今の彼女には届かないだろうに。
でも愛人とかは失礼な話ですがやっぱり期限があるでしょう、うまく愛人生活が送れたとしてその期限内に次への力をためることができれば人並みの生活は送れるようになるんじゃないかなと思います
まぁこの話が本当なら自分を磨く努力なんて言われなくても判ってるでしょうけどね
この話が本当ならねw
もういい加減疲れたので楽して収入を得たいという風にしか見えないんだが
向上心すら駆逐する閉塞感がこの国の宿痾なのかもな・・・
おいらの同級生に中国人娘と結婚した奴が居るが、
その娘の故郷がこの話の娘同様に酷く貧しかったらしく
男の援助でその村に唯一の電話線を引いたりとか娘の家族の援助したりとか
個人的なODA風味になってるんだが
その村へ帰郷する度に村を挙げての歓迎をしてくれるとか言っていたwww
カモられてる感がしないでもないが、売国するわけでもなく普通に生活していて幸せそうなんで、まあそういう選択肢も在るんじゃないかと思ってみたりするが、
取り敢えず戸籍を何とかしないと無理かな・・・
売春は女性最古の職業といわれるのもなんか納得できる話だ。
この子の出身地のような田舎だと仕事自体がないのだろうが、華南地方の田舎の工業地帯に行って、工場での立ち仕事をも厭わないのであれば、元の職と同じくらいは普通に稼げる。工場勤務なら、たいていが『包吃包住(社員寮&社員食堂にて一日三食付き、よって食住費はタダ)』。春節後の賞与もあるし、事務職じゃぁ残業代も出さない所が多いが、工場ではみんな喜んで残業や休日出勤をかって出て、残業代を一生懸命稼いでいる。生活費にしたって、上海より断然安く済むし。
都会の事務職に拘って、結局カラオケ小姐だの愛人だのに落ちるより、マシかと思うのだが・・・・・釣りじゃないのなら、なんでそうしないのかな。
どちらにしてもお金に困ってるんだろうけど、上海に拘らなければ仕事はなんとかなると思うな。在中邦人さんが言うように地方工業勤務なら大卒という学歴を捨てても1,800元ぐらいなら何とかなると思う。
普通の足浴マッサージなんてダメなのか?
場所によって違うだろうけど俺の住んでるとこでねーちゃんに聞いたら、
・月の休日基本的に無し
・勤務時間:10〜12時間/日
で、7,000元/月ぐらいって言ってた。
仕事は辛いけどお金になるから我慢しているっていってたけど、3年以上続けてお金が貯まったら仕事を変えるんだって。
このごろでは村を出る際に、バス停まで自転車をつかう人が多くなりましたが、前はみなバス停までよく歩いたものです。もちろん村の道路が舗装されている筈もなく、でこぼこ道で晴れた日には砂埃が舞い、雨の日には全身に泥が被さります。
>>
車を持てない環境でこれはキツイいな
日本は恵まれてるね
ウソ確定だなwwww
だが発想がブスだな
1元=いくらなのでしょうか?(日本イェンで)
最近は日本国内にも中国の方がたくさん旅行に訪れていますよね。
大型観光バスでわんさかわんさかと
我々が万里の長城に伺うのと一緒で好ましいのですが
そのような光景を見ていると本当に中国農村部は切羽詰まっているのだろうか?
と疑問に感じてしまいます。
あと、この女性を愛人にするにはドコに連絡すればよいのでしょうか?^^
上海の外資系病院の事務職で、英語を話せる中国人の友人の月給でも約4000元ですし、北京の友人宅の近所の普通の按摩屋さんは月2000元ちょいだそうです。
それと、髪の毛を染めるのは、都会的に見せるため(自分の貧乏を隠すため)の、職探しのための投資かも知れません。面接によって田舎モノ(垢抜けない容姿)というだけでふるい落とされることもあります。
ただしこの場合はなぁ。うさんくさいな。
ちょっとセコイかな・・・
でもこの子だって、贅沢に慣れてきたら
他のシャオジェと同じで要求はエスカレートしてくると思う。
ちなみに近くの按摩屋さんの子に工資を聞いたところ、歩合で15元/人・時間だそうです。寮付きと言っていたので、まぁまぁの生活はできるんじゃないかな?
1000円ぐらい送ってやりたいわ。
不幸自慢にしかきこえないね
何人いるだろうかwww
富裕層で目立っているのはほんの一部だけ。
反中の奴らは中国=悪と全てを一くくりにしている・・・
ある意味、哀れだな。
ここにあるような話はいくつも聞いたことがあるよ。
この人はまだ運がいいほうだと思う。
どれだけ中国政府が汚い物か。 農村の人は日本人が考えられへんような生活してる。
水が汚いから子供産む時に奇形児が多いし。動物にも多い。
そのうち日本も、こうなるぞ!! 今の日本の現状がいかに危ないか。。。 ちょっとわ危機感持って生活せいや!
平和ボケしとうやつよ、戦争反対なんか言ってられへんからなぁ。
今のままじゅゃあ韓国や中国にのっとられるぞ!
危機をもって行動しろ、というならどうすべきか書き込むべきだな。
それではただ不安を煽ってるにすぎない。
ってか自分がアホやと思ってないヤツを見てみたいわ。
何やねん不安って??
きみ、変子??
お金持ちではないですがこのお姉さんが本気なら日本に呼びたいです。
私の子供を産んで貰いたい。
不細工で話も上手くないけど、裏切らない限り大切にします。
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愛人になってくださいって 私を買ってくださいって事でしょ?
むう・・・賛成とも反対とも言えない・・・。
でも家族思いでいい子だと思うね!