2008.06.22 (Sun)
どうして日本では地震による校舎の倒壊がなかったのか?―中国紙より

―新華網―
14日の岩手・宮城内陸地震で学校の校舎がほとんど倒壊しなかったことは、中国でも驚きの目をもって報じられました。これもそのひとつ。題して、「どうして日本では地震による校舎の倒壊がなかったのか?」。
「壁にひびが入ったり、コンクリート片が床に落ちた。土曜日で生徒がいなかったのが不幸中の幸い」
高清水中学校の小野寺校長はこう語っている。
日本の文部科学省によると、今回被災した292の公立、私立学校は、天井が落下したもの、壁やガラス窓がわれたものとそれぞれ程度の差はあるものの、倒壊した校舎はなかったという。
東北工大の田中礼治教授(今回の四川大地震で深刻な建物被害を現地で調査した)は、「古い建物でも耐震補強が施されていれば、被害は小さいことがわかった」と述べている。
現在、被災地区の小学校はすでに授業が再開され、児童たちが元気に登校する姿がみられる。もちろんなかには粉々になったガラス片や落ちたコンクリート片、散らばった教材などに手をつけられず、生徒たちが授業をうけられない学校もある。
たとえば震源地に近かった宮城県栗原市の高清水中学校では、校門に立つ高さ2メートルほどの石造りの門柱が倒れ、3階建ての校舎では理科室のビーカーが割れ、コンピューター室でも機械が机から落下した。
今回の地震で日本の学校が倒壊しなかったのは、日本はふだんから校舎の安全性を重視するからならのだ。日本では、学校は教育の場であるばかりではなく、地震の際の避難所にもなっている。
どうして日本ではこのように校舎の安全性を重視しているのだろう。その答はもしかしたら文科省のこんな言葉から推測できるかもしれない。「学校は、日本の未来を担う子供たちを育むかげないのない場である」。
ほかに日本では学校を実用的な見地から地震がおこった場合の避難所とし、災害時には学校の体育館を市民に解放。また校庭はヘリポートと化し、事実上の地域の救護センターとして瞬時にその姿を変えることができる。
日本ではいつどこで発生するかもしれず、それがため常に耐震への向上を怠らない。
今回の地震では、被災しなかった他の地区でも緊張が走り、安全対策への見直しが全国一斉でおこなわれた。「手を尽くして不安を取りのぞくことがまずは先決」。宮城県からはるか離れた長崎県教育委員会ではこう語る。
文科省は昨年の調査で、日本全国の公立小中学校の校舎13万棟のうちで、4万5千棟はまだ耐震補強されておらず、9000棟が耐震診断もまだ受けていないことが報告されている。
専門家は活断層まで200メートルしかない位置にある1000の学校に対して、警告を促している。
こうした建物の耐震性という観点は、他国にも向けられる。転ばぬ先の杖ばかりか、他国の教訓をもわが教訓として生かそうというのである。中国の5・12汶川地震で数多くの校舎が倒壊した。日本はすぐさま自国の学校に目を向けた。その結果、耐震性が不足している校舎が4割にのぼることを見いだし、全国規模で補強プランを展開しつつある。
さて、掲示板ですね。
書き込みは少ないですが、いちばん賛意を集めたコメントは、
「中国と日本の差は数十年ぽっちではない」というもの。ほかには
「日本には私たちが学んで参考になることがたくさんある。感情的になるのは国家の発展には役立たない」
「史実は一枚の鏡。いまの日本が強大なのはまちがいない」
と背筋がちょっぴり寒くなるような褒め言葉。ほかは
「日本の(被災地の)画像を見ると緑の森ににかこまれている」
これに続くコメントで
「彼の国は自分のところの木を切らないで中国から買う。
アメリカは自分の国を掘らないで、中東から石油を買う。
我々は子孫が使うべき石炭をみな使ってしまい、明かりを灯す」
「日本は後代に木を残す。アメリカは後代に石油を残す。我々が後代に残すのは大量のゴミ」
「日本が子供たちに教育を授けるのは金儲けにあらず」
「中国とちがって、リベートってものがないからねえ」
ここのところの中国ネットユーザ、どうもいまひとつ元気がないようです。
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