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2007.10.26 (Fri)

中国歴史上最美的十五位女人

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1. 春秋戦国時代、越の国の生まれ。中国古代四大美女のひとり、西施。
端正な顔立ちは桃花の如く。河辺で衣を洗う姿が水面に映ると魚たちは西施の美しさに泳ぐことも忘れ、深く沈んでいったといいいます。このことから彼女は「沈魚」との愛称が、ひろく諸国に伝わりました。

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2. 三国志演義にあらわされた、中国古代四大美女のひとり、貂嬋。
呂布と董卓を連環の計にかけるなど、烈女としてのイメージが強い貂嬋ですが、花園の歌会では彼女が姿をみせると、それまで煌々としていた月に叢雲がかかったといいます。このことから、貂嬋の美しさには月も顔を隠すという意味で、「閉月」と称されました。

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3. 中国古代四大美女のひとり、王照君。
漢元帝の在位には北の匈奴との和睦に力が注がれました。来朝した単于の望みに従い、後宮のなかから美人の誉れ高い王照君が妃として差し出されます。
北へと向かう馬のうえで琴弦を震わせる照君の姿に、宙を飛んでいた雁も羽ばたくのを忘れ、地に落ちたといいます。彼女には「落雁」の称が与えられました。

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4. 中国古代四大美女の最後は傾国の美女、楊玉環。後の楊貴妃です。
唐朝の開元年間、玄宗に見初められて後宮にはいった玉環は花園で郷を懐かしみながら、わが身の虚ろを嘆きます。満開の牡丹、月李に「おまえたちはこうして花咲かせども、われに満開の時はいつ?」。触れた花弁が俯きました。このことから玉環には、花も羞じらう「羞花」という称号がつきました。

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5. 班昭。後漢に生まれた歴史家、文人です。兄の班固、班超の志を継いで「漢書」の八表・天文志の稿を編纂しました。

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6. 卓文君。文人司馬相如と駆け落ちした富豪卓王孫の娘。後に相如の心がわりからその遣る瀬ない想いをつづった詩、「白頭吟」を詠みました。中国史上、最も愛に忠実だった女性として知られています。

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7. 謝道韞。その容貌の美しさもさることながら、「登山」を代表作とする類い希な文才のほうが有名です。

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8. 武則天。中国史上唯一の女帝で武周をたてました。史書には雪のような肌に桃花の唇と記されていますが、立后してからは前皇后と前淑妃を四肢切断のうえに「骨まで酔わせてやろう」と酒壷に投げ込むなど、漢の呂后、清の西太后とともに「中国の三大悪女」とよばれています。

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9. 上官婉児。武則天を廃しようとして殺された上官儀の孫娘。奴婢として後宮に閉じこめられた身分でしたが、その類い希な才智が武則天に見いだされました。
父の上官儀を殺した武則天に自分が憎いか、怨むかと訊かれ、「怨めば不忠、怨まねば不孝」と答えたといいます。

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10. 班婕。漢成帝の後宮にはいり寵愛をうけました。後に婕にかわって寵愛をうけるようになった趙飛燕姉妹も彼女の才智には妬んでいたといわれますが、詠んだ「團扇詩」などとともに失寵した女性の象徴として扱われることが多いようです。

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11. 甄皇后。袁紹の次男、袁煕の妻でしたが、曹操が冀州を攻め落とした際に真っ先にとびこんだ曹丕に見初められ、嫁ぎました。しかし曹丕が文帝として即位すると寵愛は薄れ、恨み言を述べるようになり、殺されました。屍の口には糠を詰め込まれたという伝えがあります。

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12. 花蕊夫人。後蜀帝王孟昶の妃。後に北宋の皇帝太祖(趙匡胤)の妃。文才にも容貌にも秀で、「宮詩」をつづりました。

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13. 侯夫人。史上でも暴君とされる隋の煬帝の時代、美女ばかり数千人が幽閉された高楼にいたとされる候夫人ですが、その天下の美女を集めたなかでも美しさは際だっていたとされます。それほどまでの美貌でしたが煬帝へのお目通りはなく、最後は首を吊って自殺しました。
時代の求めにより無駄に生きざるを得なかった女の哀しみは、実際に候夫人が存在したかどうかにかかわらず、後年の人々に悲哀を伝えます。

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14. 唐琬。南宋の詩人、陸游に見初められて嫁ぎました。夫婦仲は睦まじかったものの、陸游の母親に嫌われ、一年後には離縁させられます。二人はその後別々に伴侶を得ますが、十年の歳月を経て偶然に再会。唐琬は夫の許しを得て陸游に酒肴を送り、悲嘆に暮れた陸游は詩を詠みました。この物語は、中国では演劇などさまざまな分野で大衆を泣かせます。

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15. 薛濤。唐代の伎女・詩人。魚玄機とならび称されます。


参考 : 日本版Wikipediaほか。

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