2007.04.05 (Thu)
入院先の女医に惑ったエリート検察官の転落人生
―華西都市報―四川省は広安市広安区の検察院反貪局(汚職した官吏を摘発する部門)特偵隊隊長、というのですからもとはエリート検察官だったのでしょう。しかし腸カタルを患って入院した病院で知り合った女医と不倫に陥ち、仕事にもつまづいたときから男の不幸がはじまりました。
積極的にはたらきかけた女医も、肩書きを失った男にはそっぽを向き、女医の愛をつなぎとめたかった男は血迷って女医を殺害します。その後男は逃げ、三年間の隠遁生活を送った末に逮捕されました。
4日、この男の初公判がひらかれました。
男の名は劉履江。もと広安市広安区検察院反貪局特偵隊隊長でした。1961年生まれの46歳。徴兵、除隊後、1992年に反貪局に入局。それからは目覚ましい働きにより「優秀検察官」の評を受け、特偵隊を任されました。職務柄、取り調べ中に賄賂を提供されることもたびだびだったといいますが、劉履江はあくまで厳正な態度でのぞみ、数々の汚職官吏を摘発していったそうです。
そんな彼が急性腸炎で入院したのは96年、落ち葉舞う時節でした。入院中に産科の女医、張小群と知り合った劉履江は、検察官と知って積極的に言い寄る彼女の魅力に抗えず、7日の入院の後に一線を越えてしまいました。
当時、張小群は25歳。美貌の女医と評判でしたが、すでに二度の離婚歴があったそうです。いっぽうの劉履江には妻と二人の子供がいました。
張小群との年齢差は10歳ですが、女も二度の結婚を経れば男の扱い方に長けようというもの。またたく間に虜となった劉履江は彼女と密会をかさね、そのいっぽうで自身の離婚に着手。財産をすべて妻と子供に譲ることを条件に五年かけて離婚を成立させたそうです。
晴れて張小群と同居にいたった劉履江でしたが、ここでつまづきます。元記事からは不明ですが、服務違反から無期限の停職、棒給返納といった事態に陥りました。もともと検察官という身分に惹かれて口説きおとした張小群でしたから、失職してただの男になった劉履江に未練のあろう筈もありません。式の日取りが延期され、罵りあう日々が続くと張小群はさっさと別の男をつくって家をあとにしました。
さて、もちろんおさまらないのは劉履江です。探すこと半年。張小群は蓬莱県の病院にいました。なんとかよりを戻そうと言い寄る劉履江ですが、張小群にとってはすでに過去の男、とりつくしまもありません。ここで男に殺意が芽生えました。
これを最後に、と男は懇願したのかもしれません。二人が最後の夜をともにしたのは、蓬莱県のとある大きなホテルの一室でした。検屍によると、絞殺された張小群の膣には劉履江の精液が残っていたといいます。
犯行後、遠く新疆にまで逃げた劉履江は身元を隠して、辺鄙な山村に分け入り、村の女性と同居しながら数年を過ごしました。始終苛まれた不眠症のために多量の睡眠薬を所持していたという劉履江でしたが、昨年4月に新疆庫爾勒駅にいたところを鉄道公安に発見され、逮捕されました。
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