2007.03.21 (Wed)

ティナ・スモール物語(23)

70321h.jpg突然ドアをノックする音が響きました。続いて幾分間の抜けたアイルランド訛りの声が聞こえてきます。
「二人とも、お取り込み中かい? そろそろ夜が明けるよ」
マイケルさんです。私たちは向き合い、咄嗟にお互いの口に手をかざして笑いをこらえます。ロウェーナは笑い出しそうになるのを肩を震わせて耐えていました。
「いまね、ロウェーナがすっごく可笑しい話を聞かせてくれたとこよ」
「そうかい。じゃあロウェーナにもう戻るよう言ってくれ。で、後でおれにもその話、聞かせてくれよな」
階段を下りる音が聞こえてきました。私たちは急いで上着をつっかけると息を整えて部屋を出、リビングに向かいました。明るくなった空に照らし出されたロウェーナの表情は、なにか懐かしいものに変わりつつありました。二人の友情のはじまりでした。

デリックのオーナー、モハメド・ズリフィカールさんが厩舎に立ち寄ったのは、ちょうどそんな頃でした。大きなアメ車を厩舎に横付けして訪れたズリフィカールさんをバートさんが出迎えます。デリックの馬房をひとまわり案内した後に、バートさんがいろいろと説明しているようです。
ズリフィカールさんの装いといえば、格式ある英国調。トラディショナルなネクタイを締め、シルクのシャツを身にまとい、肌の色を除けば完璧なまでの英国紳士でした。

ちょうど洗い終えた勒を干したところで、バートさんとふと目が合いました。
「クリスティーナ! ちょっと来てくれ。紹介しよう。アルサバのオーナー、ズリフィカールさんだ」
服を軽く手ではらった私は、二人のもとに走り寄りました。ズリフィカールさんは完璧な英語でこう話しかけてきました。
「初めまして、クリスティーナさん。今、バートさんから聞いたんだが、君がアルサバの面倒をみてくれたそうだね。それもどうやら君ならではの奇跡だったと聞く。まずは感謝したい、ありがとう」
「いえ、素晴らしかったのはアルサバのほうですわ」
「はは。確かに素質はあるんだがこれが気まぐれでね。友人を選ぶっていうのか、神経質なところが玉に瑕だったかな。いずれにしても、君がアルサバの数少ない親友のひとりとして認められたということだ。いつか家に来てくれないか? 私が飼っている他の動物たちもお目に掛けたい」
「お申し出、うれしく給わります」
半信半疑でしたが、ズリフィカールさんはバートさんに私の仕事の都合を訊くと、その場で二日後に私を車で迎えにくるということに話が決まりました。このときの私といえば、急な展開になかば夢見心地でした。無理もありません。今でいうならセレブの邸宅に、それまでそうした世界に全くといっていいほど縁のなかった15歳の村娘が招かれたのですから。


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