2007.02.21 (Wed)

ティナ・スモール物語(21)

70221j.jpgバートさんからデリックを任されたことは、毎日の仕事に張りを与え、また私自身も厩舎での生活に、次第に居心地のよさを感じるようになりました。
まるで生まれて初めて動物に接したように甲斐甲斐しく世話をし、目の前にひろがる大草原をともに駆け抜ける歓びが、サウスダウンズの丘に降り注ぐ太陽のように私を包みこみます。

デリックは、その愛すべきキャラのほかにいろいろな表情を私に見せてくれました。 誇り高く知的で、それでいて優しく。 ユーモアのセンスさえありました。 私はよくワラの山のうえに落とされたものです。 そんなとき、デリックはまるで、してやったりといわんばかりに笑っているようでした。
草原から海岸へと足を伸ばし、何マイルも何マイルも歩いた私たち。 天候に恵まれ、雄大な草原がどこまでも続いて見える日は、私はよくデリックの手綱をといて放してやったものです。 デリックは、名前を呼ぶとすぐに私のもとに飛んできました。 まるで私たちは親友のようでした。

デリックと過ごす時間の他は、けっこうな重労働でしたけれど、充分に耐えられるほどのものでした。 だんだんと皆のなかに溶け込んでいくうち、ロウェーナとも話す機会が増えました。

こんなことがありました。
その日夕食を終えた私は、自分の部屋で仏教本を読んでいました。 釈迦の生涯についてつづったもので、釈迦族(ゴータマ)の王子として生まれた釈迦は、彼を溺愛する父親のもと、何不自由なく育てられたのだそうです。 しかし、そのことが彼を外界から孤立させ、ために彼自身苦悩することとなります。 当時インドは混乱と争いのなかにあり、無常を感じた彼は若くして出家の決意をします。 そこまで読んだところで、ふとドアをノックする音が聞こえました。
「どうぞ」。 ロウェーナがドアにこつこつと頭を打ちつけながら入ってきました。
「ああっと、読書中? お邪魔だったかしら?」
「ううん、大丈夫。 時間ならいくらでもあるし」
「なに読んでるの?」
私は彼女に本を差し出しました。 タイトルを目で追った彼女は、いくぶんシリアスな表情で私にこう訊ねます。
「あなたって仏教徒だったの?」
「ううん、そういうワケじゃないけど、他の宗教にも興味があるの」
「神を信じる?」
「それはね。 ものごとにはすべて因果関係があって、その関係がある種の法則性をもっているということは感じるわ。 だから神は存在するんだと思う」

ふたりの話は、音楽から人種問題、自然界から雪のひとひらについてまでひろがりました。 ロウェーナは知的で、思った以上によき話し相手でした。 それは以前にもときおり見せてくれた、彼女の筆になるカリカチュアからも感じていました。 私は、以前公園で語らった中国の老人(ティナ・スモール物語(7)参照)のことも彼女に話しました。

いつしかとっぷりと更けた夜が、喋り明かす女ふたりにあやかしの兆しを運びこみます。 言葉の代わりにハミング、それが合図でした。
「ね…、その…、最後までいったことある?」 ロウェーナが訊ねます。
「エッチのことね?」 私が訊くと彼女は顔を赤らめました。


ティナ・スモール物語(20) / ティナ・スモール物語(22)

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