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2007.01.29 (Mon)

97歳の父と42歳の障害をもつ母を支える12歳の少年

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―査看評論―
今から24年前の1983年、海南省は儋州市に住む当時73歳の養儂さんは、人伝で手足の欠損した18歳の女性、李福煥さんを知り、結婚しました。
結婚して間もなく長男の開標が生まれ、それさえ奇跡のようなものでしたが、婚後9年に長女の石英、11年で次男の石平が誕生。 老いてなお性に飽くことがなかったのか、更に2000年、養儂さんが90歳のときに4番目の子供、開山が生まれました。

生活は貧困の極み。 行政府では農村特困補助として月に40元(約640円)の援助を施し、年があらたまる度、また季節がめぐるごとに所員を派遣。 世話に訪れているものの、97歳、すでに寝たきりとなってしまった97歳の養儂さんと、手足に障害をかかえる42歳の李福煥さん、それに幼い子供たちという家庭では、その日暮らしさえままならないようです。



「多年來心中的創傷我該向誰講。我累了,我痛了,我醉了,我哭了,我終於放棄了――ずっとずっと心のなかにある傷が癒えない。 傷はかさなり、痛くてたまらないっていうのに。 痛みに泣き叫んだところで、誰もきいてはくれない。 もう僕はとっくにあきらめたよ」

次男、石平くんのボロボロになった国語の教科書には、こんな落書きがありました。 小学校6年(2004年当時)の石平くんの国語の成績は学年でも下のほう。 ゆえに自分の感情を歌詞になぞらえて表すことしかできません。 家に帰れば、94歳の父は絶えず咳をし、床から離れることはなく、母もまた、先天的な障害のほかに栄養不足から水腫をこしらえ、こちらも滅多に床を離れることがありません。

学校は休みに入りました。 でも石平くんの日常はかわりません。 朝起きると、まず町に安い野菜を買いに行き、両親や弟のために汁をこしらえます。 汁は椀に注ぎ、まずは両親の枕許に。 それから兄弟と自分の椀に注いだ汁を味わいながら、石平くんの目線は部屋の内へ外へと注がれます。 うずたかく積まれたゴミのなかにぼうっと浮かぶ両親の影、ちらちらと動く弟の影。 たったひとつの窓から埃を浮き立たせるように照らす朝の光は、部屋の暗さをも同時に際だたせるのです。

年の離れた兄は結婚し、商売をしていますが、年中忙しく、滅多に訪れることはありません。 街に出ていった姉は週に一度は帰ってきて、石平くんに50元をわたします。 この姉からお金をもらう時が、石平くんのいちばんうれしいとき。 うまく遣りくりすれば、服を一着買うことだってできないとはかぎりません。
冷蔵庫代わりに甕でいぶすため、その煤で部屋中は黒く汚れ、たったひとつ部屋を照らす電灯も煤垢で暗く、用をなしません。 石平くんは昼間はともかく夜は教科書の文字を追うことさえできないのです。

石平くんは暗い家でなす術がなく、むしろ学校がはやくはじまることを望んでいます。 ときには兄の営む電器屋で修理を手伝うこともある彼は、壊れたCDプレーヤーにたまに入ったままになっているCDを取りだして再生し、歌詞を紙に書き写すことを憶えました。 小さな小さな魂が共感する歌詞は、少しだけ毎日の寂寞にあって、彩りを添えてくれます。 教科書に落書きしたのもそれゆえ憶えた歌詞でした。

いまいちばんの願いはと訊くと、石平くんは小さな声でこう答えました。
一度でいいから、父に日なたぼっこをさせてあげたい。

テーマ : 海外こぼれ話 - ジャンル : ニュース

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