2007.01.22 (Mon)
精神病の息子を鉄篭にいれて世話する赤貧の母

―半島都市報―
赤貧洗うが如し――そのまま言葉であらわしたような部屋で、寝返りを打つのもやっとといった鉄の篭に、三年の間、閉じこめられている男性がいます。 男性は二十歳のときに心神喪失となり、みさかいなく周りに暴力を振るうようになりました。 父親は脳溢血で死去。 老いた母親は仕方なしに息子を鉄篭に閉じこめたといいます。
貧しい故に菜やトウモロコシなどを食べさせて息子の面倒をみながら、63歳になった母親は先を憂います。 いまはまだこうしていられるけれど、もし私が先に逝ったらこの子はどうやって生きていけばいい?
張美英さん(63歳)の家は、膠州の小さな村にあります。
部屋は三間ですが、崩れた壁はビニールシートで覆われ、屋根の瓦もあちこちが欠けています。 この家で電気をつかうものといったら、ただひとつ、電灯だけ。
記者が訪れたとき、ちょうど張美英さんは息子のための昼飯をこしらえているところでした。 大振りの饅頭ひとつに白菜を塩漬けしたものを添えて皿に盛ります。 張美英さんは息子の饅頭にはときにこうして小麦粉を使いますが、自身にはトウモロコシを潰して練った餅というつましいもので済ませます。
息子はここにいるよ。 張美英さんが昼飯の皿をもってシートをめくると、悪臭がただよい、枯れ草で破れ目を修繕した部屋には鉄製の篭がひとつ。 なかにはぼさぼさの髪に垢だらけの顔、掛け布団をいちまい羽織っただけの裸の男が、こちらを警戒する目つきでうかがっています。
息子の名は李憲剛。 普通の子となんら違わずに育った彼は、初級中学を終え、19歳で青島市街に大工の見習いとして職を得たそうです。
ところが1年もたたないうちに突然の帰郷。 もどってきた彼は目つきが尋常ではなく、やがてみさかいなく周囲の人間を殴りはじめ、しまいには両親のことも知らないといいはじめました。 困った張美英さんら家族は彼を精神病院に診せにいったところ、間欠性精神失常(心神喪失)という診断が下されました。 とつぜん心神喪失に至った原因はわからないそうですが、彼の言葉端から察するに、職場で苛めを受けたことが発症のもととなったとも考えられるそうです。
息子が心神喪失になる以前は、貧しいながらもそこそこの収入のあった張さん宅。 父親はトラクターをもち、ひとり息子の憲剛さんは両親が年をいってからの子ということもあったのでしょう、とても可愛がられて育ったそうです。 心身症には、この奔放に育てられた我が儘がひと役買ったのかもしれません。
診療費で家は傾き、家財を金に換え、借金で首がまわらなくなった頃、父親は脳溢血で倒れ、まもなく息をひきとりました。 止める者のいなくなった家では、息子の暴力が増してひどくなりました。 自分の家を打ち壊すだけではなく、村の寄り合いに積み上げた藁に火をつけて村人たちに打たれたかと思うと、今度は逆に隣近所に暴力をふるう始末。
張美英さんはどうしようもなく、鉄の篭をつくって息子を閉じこめました。 鉄の篭にしても村人たちに少しずつ鉄屑を恵んでもらい、最終的に篭に打ってもらったそうです。
「食べはじめたわ」。 ときには飯を運んでも散らかしてしまうこともあるという息子の様子をみやり、それまで目に涙を浮かべてこれまでの経過を語ってくれた張美英さんの口許が少しだけほころびました。この時期、膠州湾からの海風が生気を奪うこの村のほころびた部屋にあって、憲剛さんの吐く息がちいさな温もりです。
憲剛さんは、記者が近づくと羽織った掛布布団の前を合わせました。
「見て見て。 ねぇ思ったの。 この子には 「恥ずかしいこと」 がわかるんじゃないかって。 利口よ」
昨年の検診で自身が肺ガンに罹っていることがわかったという張美英さん。 しかし今は息子の先々だけが心を占めているようです。
村では基金をもうけ、在郷の人々が落花生油や米、トウモロコシなどの産物のほかに、年末には集まった募金、3、400元(約五、六千円)を張美英さん宅にもちよるそうですが、それ以外の収入は現在のところ、ないそうです。
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