2007.01.20 (Sat)
悲惨な生活を送る中国南方の娼婦たち(1)

―中新網―
昨年、「命からがら売春組織から逃げ出した19歳の女性」 ほかで、中国の売春組織の実態をお伝えしましたが、今回お届けするのはそこに働く女性側にスポットを当てたものです。
2006年に、カメラマンの趙鉄林さんが著した「她們(彼女たち)」という本が一大センセーションを巻き起こしました。 内容は、南方のヘアーサロンなどで体を売って暮らす女性たちの生き様。 女性たちは、その人生においてひどい扱いを受けながら、なおも男たちを養い、毎日殴られながらもひたむきに稼ぎ続けるのです。 趙さんはこのことに驚き、うつろう彼女たち娼婦の表情、一瞬一瞬をフィルムの上に刻み続けました。 ちょっと長いですから三つにわけてお届けしますね。
90年代の初め、趙さんは世の好況にのって一旗揚げようと北京から南下、南方に移って商売をはじめました。 しかし、もとはといえばカメラマンが生業でしたから、商売するにしても勝手がわからず、趙さんの立ち上げた会社は負債をおって倒産します。
北京にはおめおめと帰れず、南方の街の片隅に居をさだめた趙さん。 窮してはいましたが、手にある職、写真を撮る技術を生かし、小さな広告会社とフリーで契約を交わして、なんとか生計を立てていました。 たまには広告主の気まぐれに合わせて、知り合いの女性をモデルに使っては小銭を稼ぐといったこともあったそうです。 「豎という女性がいたんだよ」。 趙さんはそう言って煙草を燻らします。
生まれ故郷の四川省で夫に捨てられた豎は、兄の許に身を寄せました。 ところがこの兄はまともに仕事をせず、生活に困った豎は、体を売ろうと南方下海にやって来ます。 もう若くはありません。 客のとれない豎は麻薬を打ちはじめ、心まで病みそうになったときに趙さんと知り合いました。
助けを求められた趙さんは当時の彼にとって決して小金ではない四千元をはたいて更正施設に通わせ、豎を立ち直らせました。
このことは街に点在するヘアーサロンの女性たちに口伝てでつたわり、そのお陰で趙さんは夜の街ではたらく彼女たちに撮影を拒否されたことがないそうです。
趙さんは豎に付き添って、一度だけ彼女の故郷に向かったことがあります。 病に伏せっていた兄の許を訪れた趙さんは、妹の生活を訊きたがる兄に対して、ただ一生懸命に生きてるよとだけ答えました。 兄の枕許には若い頃の妹の写真が、写真立てに収められていました。 趙さんは、豎がいまとは別人のように美しく、穢れのない凛とした瞳をもった娘だったことを知りました。 そしてこのことが趙さんに、夜の街ではたらく女性たちを撮り続けさせる源ともなりました。
しかし豎はその後、客がつかないことで街の生活にも疲れ、故郷にもどって再婚しましたが、再び夫に捨てられ、最後には気がふれたまま終わったそうです。
悲惨な生活を送る中国南方の娼婦たち(2)
Tags : 中国、台湾の風俗、売春 |
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック


















