2006.12.03 (Sun)
事故で下半身を失った男性とその家族が考える「愛」

―新京報―
今日12月3日は、「国際身障者デー」。
この日にあわせて列車で北京を訪れた「半截人(体が半分に切断された人という意)」 の彭水林さん(48歳)が妻の周愛群さんの介護のもと、天安門などを見学しました。
ベルトで体を固定することが出来ないために、飛行機の搭乗は断られた彭水林さん。 しかし列車では、車掌が彭さん家族のために余裕をもって寝台を確保、朝食ならびに夕食も無償で提供したそうです。
はるばる長沙から北京西駅へと降り立った彭水林さんは、長い旅の疲れもみせず、忙しくあたりを見まわしては口元に笑みを浮かべ、妻や息子と歓びを分かち合っている様子でした。
彭水林さんが下半身を失ったのは、一昨年3月のことでした。 当時46歳、湖南省湘郷県に住む彭さんはトラックにはねられ、腹部、骨盤および大腿骨を損傷、修復は不可能と診断され、臍下部分を切断するに至りました。 入院したシンセン市の布吉醫院では半年以上も死線をさまよう状態だったといいます。 しかし彭さんは生き残りました。 162cmあった身長は、その半分の78cm。 体重はわずかに33kgとなりましたが、強靱な精神と妻の周愛群さんの必死の看護の末、この世に踏みとどまったのです。
今では上半身だけとなった自分の姿にもきちんと向き合うことが出来るようになったと笑う彭さん。 傷口は頭皮をもちいて縫合。 臍の横に孔をあけて残った腸管を外に出し、人工肛門を設けてそこから便を排出。 背中には腎臓から延びた尿管がこれまた露出し、尿はこちらから袋に溜めて排出されます。 男性器はありません。
こうした彭さんのリハビリは、まず両腕を鍛えることだったといいます。 最初の数ヶ月こそ何をするにも妻の手を借りた彭さんでしたが、ダンベルや腕立て伏せで筋力をつけ、今では片手で体を支えながらもう片方の手で食事、歯磨き、洗顔なども問題なく行えるそうです。
ただ、悩みといえば失った筈の脚の痛みが時折訪れること。 それはまるで鋭利な刃物でゆっくりと脚を切り刻まれるような痛みだとか。 医者の話では10年ほどはこのような痛みが残るということですが、不意にあらわれるというこの痛み、ひとたび訪れると寝付くこともできません。 また尿管からの感染症も課題のひとつです。
彭さんはインタビューに応じてくれました。 彼の言葉です。
最初、女房や子供はただ泣くばかりで何も話してくれなくってね。 手術を終えてたいしたことないと思った私は、あまりに二人の泣き声がうるさくて叱った憶えがあるよ。 まだ脚の感覚はあったしね。 でも自分の姿に気づいたときに愕然とした。 髪も真っ白になっていた。 自殺も考えたが女房の献身的な介護に心うたれた。 見ればこんなにいい女房、こんなにいい息子がまだ自分を慕っている。 ここで死んじまったら申し訳ないじゃないか。
この2年間、たしかに辛い道のりだったよ。 治療費で文無しになったしね。 でも病院では費用の一部を免除してくれたり、善意の寄付もあったりでなんとかやってこれた。 いまでは雑貨を売ったり新聞を売ったりしてそれでも家族仲良く暮らしていってる。 北京では関心をもって迎えられたことがなによりもうれしいね。 ひとつ、こんな私が言いたいのは、人生でどんなに不幸なことがあっても、命だけは粗末にしないでほしいということだ。
また妻の周愛群さんはこう語っています。
事故がおこった当初はただ何も考えられずに泣いてばかりでした。 一度などは病院の8階から身投げしようと思ったこともあります。 でも夫はよくしてくれましたし、16になる息子も必死でした。 お医者さんにも出来うるかぎりのことをしていただいて、ここで私が肩を落としたらいけないと思いました。
(夫が男性器をも失ったことを訊かれて、笑いながら)そう、それは息子からも言われましたわ。 でも人が何を幸せと感じるかはさまざまでしょうけど、夫婦で苦楽を共にし、毎日家族がそろって暮らしていること、わたしにとってはそれが幸せなのです。
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック


















