2006.10.16 (Mon)

ティナ・スモール物語(18)

61016c.jpg私はマイケルさんがサドルソープを手際よく鞍に塗っていくのを見ながら仕事の手順を憶え、その後、今日洗う分の鞍を預けられました。
まずは水でしっとりと鞍を湿らせ、サドルソープを泡立てながら鞍に付いた汚れを包み込むように洗っていきます。 初めての仕事にとり組んでいる私の傍らを静かな時間が過ぎり、夏の朝の爽やかな空気をときおり胸いっぱいに吸い込みながら、私は社会に出たという実感を味わっていました。

12時から1時までが昼食時間です。 いくぶん余裕の出てきた私は他の厩務員たちをそれとなく観察してみました。 みな背は低く、大きくても170cmそこそこです。 スリムで、まさにホースマンになるべくして生まれてきたような男性ばかりでした。 何よりこの仕事に携わることに生きがいを感じているような様子、それが好ましくもあり印象的でした。
私はこの場に受け入れられたのだと感じました。 もちろんここでも胸に男性たちの視線は感じましたが、学生時代に比べるとずっと穏やかなものでした。

食事を終えるとマイケルさんがやって来てこう言いました。
「よっし、ティナ。 午後からは馬を見にいこう。 気に入ってもらえるといいね」
「私もそう願うわ」。 朝方、マイケルさんに案内してもらった馬房にふたたび足を踏み入れます。
「あそこにニンジンの入った袋があるから、中から適当に持ってきて。 挨拶がわりさ。 礼儀ってものがあるからね。 もし手ぶらで行って馬に嫌われちゃったらウマくないしさ」
私は袋からニンジンをとると両手に抱え、マイケルさんの後に続きました。 最初の馬房です。
「牝馬だ。 名前はトップレス・ターニャ」
一瞬、冗談を言っているのかと思いましたが、彼の表情は真剣です。
「よーしよし、ティナだ。 よろしくな」
マイケルさんが声をかけると、それまで飼い葉桶に首を突っ込んでいた馬が顔を上げ、鼻を鳴らしてゆっくりと私たちの方に近寄ってきます。 枠越しにニンジンを差し出すと、馬はさも美味しそうに食べ、耳をひと振りして鼻面で私の肩を軽く突きました。
「もう一本欲しがっているんだよ」
「大丈夫だよ、ターニャ。 お前の分はもう一本あるからさ」

次の馬房に移ろうとすると、馬たちがそれぞれ馬房から顔を突き出してこちらを覗っているのがわかりました。
「この馬はアートフル・ドジャー。 三歳馬だ。 種馬なんだけど、ちょっとずる賢いところがあって、アートフル(狡猾な)・ドジャー(ペテン師)って名前そのままさ」
実際、このドジャーは私がニンジンを差し出す前に、その鼻面を私のポケットに突っ込んできたものです。
「おっと、お行儀が悪いよ、ドジャー。 仕方がない、ティナ、彼の分をあげてくれ」
ドジャーは、カリカリと音を立ててニンジンを囓るとくるっと向きを変え、鞭のように鋭く尾を振って馬房をひとまわりしました。

マイケルさんの馬の紹介はまだまだ続きます。 私はいまでも馬たちを一頭一頭すべて思い出すことができます。 人間と同じようにそれぞれの馬にも個性があり、一頭として同じ性格の馬はいませんでした。 そのなかでも、マイケルさんが最後に紹介してくれた馬だけは、他とはちょっとちがっていました。


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