2006.10.09 (Mon)
ティナ・スモール物語(17)
翌朝、洗顔して服を着替えた私は、階下の食堂で朝食をとりました。 私たち厩務員の賄いを担当しているのは、35歳、ちょっと小太りなローリングス夫人。先客は男性二人。 軽く目で挨拶してから彼女の指した席に座ると男性が私を見上げ、その視線は胸で止まりました。 呆気にとられた表情で手に持ったトーストを落としそうになりながらも持ちこたえ、二人で顔を見合わせてニヤリと笑います。
「おはよ。 新人が入ったってのはあんたかい? おれの名前はエディー。 こいつの名前はロニーだ。 よろしくな」
エディーと名乗った男性は、パンを口いっぱいに頬張りながら自己紹介しました。
「おはようございます。 ティナっていいます」
ローリングス夫人が、コーンフレークとゆで卵、それにトーストを乗せたトレイを私の前に置きました。 こうして、食べ終わるまでにほとんどの厩務員と挨拶を交わしました。 厩務員のなかにはひとり女性もいました。 残念ながら、私が朝食を終えるのと入れ替わりに食堂にはいってきたため、この最初の朝食の席では声をかける機会を逸してしまいましたけれど。
どことなく和気あいあい、全体が家族のようなリラックスした雰囲気で、私は自分の選択が正しかったことを神に感謝しました。
朝食の後はマイケルさんの案内で、一日の仕事を見てまわりました。
馬は全部で16頭。 牝馬が2頭、仔馬の面倒をみていて、あとは1頭を残し全ての馬が調教を受けていました。 馬場には足を痛めないようにウッドチップが敷きつめられたコースがあり、ブラシをかけられて鞍を設えられた馬は、まずそのコースで足慣らしをするようです。
私には乗馬の経験はなかったので、実際に馬に乗っての調教はとても無理そうに思えました。 厩舎に置いてある馬のなかには何百万とする馬もいるそうで、その馬に乗れるのはごく限られた厩務員だけなのだそうです。
私がする仕事は、調教の間に汚れた寝ワラの取り替え、馬房の清掃、飼い葉桶の飼い葉を新しいものに取り替えることです。 マイケルさんはこれらの手順を手ずからやって見せてくれ、新しい寝ワラに敷き方、掃除の仕方などを教えてくれました。
学ぶべき事柄はたくさんあり、もちろん練習台などはありません。 6時から朝のトレーニングに入り9時に戻るまで、馬房はきっちりと掃除され、桶には新鮮な飼い葉がいっぱいに詰められていなければなりません。 9時にはいったん休憩が入ります。 厩務員は朝食をとった宿舎のリビングに駆け込み、濃い目のお茶を飲んでひと息いれるのです。 ここでバートさんが登場、それぞれの馬の調子を厩務員たちにひと言ふた言訊ね、ちょっとしたお喋りタイム。
厩務員は8人で、その中には先に挨拶をしそびれた女性も混じっていました。 痩せて背が高く、青い眼に黒っぽい髪。 髪は短く刈り揃えていました。 それとなくうかがっても彼女はこちらに目を向けようとはしません。 彼女は実際、こうしてリビングでお茶をしてても無口でした。 私はといえば、最初は周りの会話の聞き役でしたが、それを気づかったのでしょうか、バートさんが声をかけてくれたのです。
「厩務員になってみた感想はどうかね?」 そしてマイケルさんに向かってこう訊きました。
「彼女の仕事ぶりはどうだね? マイケル」
「ええ、もうすごい頑張り屋さんですよ」 アイルランド訛りでマイケルさんは私のことを持ちあげました。
「そうか、そいつはよかった。 ところで、あんたの言ったやり方で馬には乗ることが出来たかね?」
「やり方、ですか? まだ教わってませんけれど…」
「いやいや、ほら、その、おっぱいを放り投げて馬に乗るっていう…」
「あらやだ、まだちゃんと服のなかにしまってありますわ」
こんな軽口がたたけるほど、そこにはリラックスしている私がいました。
お茶の時間が終わると、馬具をしまってある部屋に案内されました。
「鞍と手綱は毎日きれいにね。 それぞれの鞍や手綱には馬の名前が入ってるからごっちゃにしないで。 裂けてないかとか不具合なところがないかとかこれ重要。 週に一度は石鹸で洗うこと。 もちろん一日で全部洗えるワケないから交替で。 洗ったヤツは壁に掛けて干すんだ。 今日はケンタッキー・ボーイとポーシャとシャンバラの鞍を洗う日なんだ」 マイケルさんはそう言って鞍を指さしました。
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