2006.08.20 (Sun)

ティナ・スモール物語(12)

60820e.jpgしばらくたって、ふとネルソン卿とビリー、どちらの声も聞こえなくなったことに気づいた私は、急に犬のことが心配になりました。 どこに行ったのかしら。 飼い主のところに戻った? もし戻ってなかったらなんて言い訳をしよう。 でも心配は無用でした。 ネルソン卿は私が家に戻る頃には、ちゃんとお隣の玄関の前に寝そべっていたのですから。

私はシッポを振って飛びついてきたネルソン卿を抱きかかえ、その大きな顔にキスの雨を降らせました。 事件のことは誰にも話しませんでした。 ビリーといえば私を避けるようになりましたが、通りで会うたびごとに帽子をとって一礼する慇懃さはそれ以降もずっと続きました。 私にとって男性からあからさまな接触を受けたのはこれで二度目です。
性差というものについてまだ疎かった私には、これらの経験は恐怖以外の何ものでもありませんでした。 怖れを乗り越え、セクシャリティーについて考えるようになるまでには長い時間が必要でした。 しかし、通学のバスで耳にする上級生たちの会話と男女のちがいについてのおぼろげな知識、それだけが全てだった私にもやがて好奇心が芽生えることとなります。

11歳。 胸はかわらず成長を続け、性器のまわりにうっすらと陰毛が生えはじめる頃、初潮を迎えた私は母に大雑把なイラストを手わたされ、私の体のなかで何が起こっているのか生物学の先生に尋ねるよう言いつかりました。 先生の説明はおしべとめしべに始まり、植物や動物の性の仕組みを経て、人間の場合はと続きました。 自然界の仕組みからその頂点に立つ人間というものについて。 進化と誕生に時間軸をかさね合わせて、昼と夜、四季の移り変わり、大きくとらえてそれぞれの寿命のなかで総ての生き物がまるで精緻な歯車のごとくそれぞれの時を刻み、全体として組み合わさっていることは幻想的なビジョンでした。

お昼休みに通っていた公園で知り合った老人(ティナ・スモール物語(7)参照)、その頃にはずいぶんと話すようになっていましたが、よく討論したのもこの頃です。 彼は私が知りたいと思っていることはすべて知っていて、私は彼がひらいた店先で何を買おうかとあれこれ思い悩む小さな女の子だったのかもしれません。

老人は、私に色と音のつながりを教えてくれました。 たとえば音階は七音で構成されていますが、いちばん下の音といちばん上の音はつながっています。 また、虹の七色は赤にはじまり藍に終わって、ふたたび赤からはじまるといった具合です。 ものごとは総て独立して存在している訳ではなく、綿々とつながり、それはどこまでも続いていくのです。 七という数字がラッキーナンバーだとは誰もが知っていても、音と色彩の上で 「完成されたもの」 をあらわすことがそもそもの理由だったとは、それまで誰にも聞いたことがありませんでした。
老人との親交は私自身の好奇心によって深まりました。


ティナ・スモール物語(11) / ティナ・スモール物語(13)

テーマ : 海外こぼれ話 - ジャンル : ニュース

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