2006.06.12 (Mon)

ティナ・スモール物語(7)

60611l.jpgその頃の母といえば、女手ひとりで私を育てることに少々疲れていたようにもみえます。 母は父の使っていた部屋を貸すことに決め、まもなく男性が一人我が家に下宿することになりました。
男性は窓拭きを仕事とし、年中くわえタバコで、私に自分のことを 「ボブおじさん」 と呼ばせました。 ボブおじさんは自室といわず、リビングなど至るところに女の人の裸の写真が載っている雑誌を置き忘れる癖があり、母はいつもそれらの雑誌を文句もいわず、片づけていたことを思い出します。
母とボブおじさんがどういう関係だったのかはわかりません。 仕事を終えると、また仕事のない日は日がな一日自室でラジオを聴いていたようですが、ある朝、私は朝食を摂りに階下へ下りたところ、彼が母の部屋から腰にタオルを一枚巻いただけの姿で出てきたことがありました。 彼は私を見ておどろいたようでしたが、「お母さんとお茶してたんだよ」 という言い訳で、幼い私は納得してしまったものです。
また、ある晩、私がパジャマに着替えてベッドに潜り込むと、ベッドの下からカチッという物音が聞こえてきました。 最初は気にもとめなかったのですが、今度はベッドの下からくしゃみの声が。 ベッドに腹這いになった私が下を覗き込むと、そこにはボブおじさんの顔がありました。 のろのろとベッドの下から這い出てきた彼は、スプリングの具合がどうのこうのと呟きながら、男手があってよかったねぇと宣ったものです。 後で考えてみると、カチッという音はベッドの足と彼のシャツのカフリンクがぶつかった音だったのかもしれません。

学校では、ふとしたことで私の胸が注目を浴びるたびに、同級生からの妬ましさの混じった視線を感じることが多くなりました。 私はひとりで過ごす時間が多くなり、お昼休みにはよく公園に出かけて池に遊ぶアヒルや水鳥にサンドイッチの残りを分けてあげたものです。
公園に通ううちに、いつも池の旁らで佇んでいる中国の男性と顔見知りになりました。 まるで陶磁器で見るようなスッと下に伸びた顎髭をたくわえ、髪は雪のように白く、私に気づくと軽く会釈をして再び水面に視線を戻します。 おかしな話ですが、ひとつも言葉は交わしてないにも関わらず、その男性のことはずっと前から知っているような不思議な感覚を覚えました。

ある日のことです。 私は、そろそろ体育の授業に参加してみないという学校長からの呼び出しを受けて気が滅入っていました。 どう説明したところで、私の感じた肉体的精神的苦痛はわかってもらえそうもありませんでした。 それどころか集団責任と学生としての義務をこんこんと諭され、当時既に44DDの胸で逆立ちをしたり跳躍をしたりといったことの辛さは聞き入れてもらえませんでした。 残るはあらためて校医の診察を受けることですが、その診断如何では私はまたあの体育の授業に出席しなければいけません。
ふらふらとした足どりで公園を立ち去る私に中国の老人が初めて声をかけてくれたのです。
「気の持ちようで楽になることもあろう。 己の不安や憂いをとり除いて、問題の本質を見きわめることじゃよ。 鳥のような闊達な心でな」。
私はすぐに返事ができませんでした。 まるで心の中を見透かされたような老人の言葉に辛うじて言えたのは、ありがとうとただひと言でした。 この言葉で私は気が楽になり、学校に戻れたのです。

こうしている間にも私の胸は日増しに成長を続け、重みを増し膨らみ続けました。 テルピロスキー先生に再診してもらいましたが、もはや先生も正常とは告げられなかったのか、ロンドンの病院で診てもらうことを提案しました。 食事は、肉類がいっさい駄目のローカロリーのメニューを勧められ、重く垂れた乳房をもち上げるために背筋を鍛えること、それには水泳がいちばんいいことも教わりました。 不安に苛まれながら、私は紹介状を手にロンドンに向かうことにしました。


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テーマ : 海外こぼれ話 - ジャンル : ニュース

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