2006.05.10 (Wed)
ティナ・スモール物語(3)
11歳になった私に最初の試練が訪れました。家から6km離れた女子校に通うようになった私は、今までがどれほど母や周りの人の庇護のもとに育てられたかを知ることになります。 めまぐるしく毎日が過ぎ、そして私の胸は大きく膨らみはじめました。
初めの頃は、そろそろ思春期を迎え始めた他の女生徒たちと似たり寄ったりでしたでしょう。 つまりは乳首が大きくなり、胸が膨らむといったことに一喜一憂してはいたのですが、私に限って成長があまりに早すぎることに気づきました。 女らしく体が丸みを帯びてきたのが10歳のとき、それが12歳になる頃にはDDサイズ(Eカップ)のブラを着けなければならなかったのですから。 母は私のためにその一年で14着のブラを購入し、求めるたびに冗談交じりに 「これで最後にしてよね」 と言ったものです。 しかし私の胸は更なる成長を続けました。
新しい学校に少しずつ馴れてきた私にとって、目下の関心事は自分の胸のことばかりという毎日でした。 通学中に町の男子生徒の視線が私の胸に注がれていることに気づき、複雑な気分にもなったものです。 どちらかというと痩せていた私が、胸だけは母より大きく、肉感的にさえも映ったのでしょう。 しかしながら、当時の私は赤ちゃんがどこから産まれるかも知らない晩熟でした。 母はそういった質問には答えてくれず、私はそれまで男性の裸の胸すら見たことがありませんでした。
止まるところを知らずに成長し続ける胸、母も心配になったのでしょう、とうとう私を医者に診せることに決めました。
私の住んでいる村にある診療所といえば、戦時中にポーランドから来英し、以来ずっと村で人々を診ていたテルピロスキー先生のところだけ。 しかし定年間近を迎えた先生は温かく、ユーモアあふれる人と評判でした。 それでも、いやそれだからこそ、母に連れられ診察室に入っていった私はその場を逃げ出したい衝動に駆られたのかもしれません。
机の上のメモをちらりと見て顔をあげた先生は、「これはこれは、スモールさん、お久しぶり。 ほほう、今日は娘さん、クリスティーナちゃんも一緒ですな。 して、どうされました?」 と私たち二人の顔を交互に見やって言ったものです。
微笑みながらワイヤーフレームの眼鏡を指で押し上げる先生のやさしい目つきに安心したのか、母は語り始めます。
「いや、訊いてくださいよ、先生。 なんて説明したらいいか、そう、この子のことなんですけど。 その、大きく大きく、どんどん大きくなっていくんです」。 母は説明しにくそうでした。 「その、この子が大きくなるんじゃなくって、胸が、その制御不能なんです」。
「制御不能!」 先生は母の言葉に驚き、次いでお腹を抱えて笑い始めました。 「制御不能ですと! いや、失礼。 胸が制御不能などとあまりに可笑しかったものでしてな」。
先生の笑い声が響く診察室に、私は打ちのめされたように座っていました。 自分が畸形なんだとも思いました。 言葉が出ませんでした。 母が私に代わって言葉を繋ぎます。
「娘の胸のことなんです。 成長が止まらないんです。 いったいどうしたらいいんでしょう」。
先生は頭を掻きながら、私に向かって語りかけるようにこう言いました。
「クリスティーナちゃん、大丈夫だからブラウスを脱いで先生に胸を診せてごらん」。 私は頷いてぐずぐずと立ち上がると、ブラウスをたくし上げました。 先生は私の左の乳房を検め、次いでベッドに仰向きにさせて両の乳首を念入りに調べはじめます。 温もった手での触診は細やかで、乳首が指と指との間に挟まれ転がされる心地よさに私はすっかり動転し、髪の根元まで赤面してしまいました。
やがて先生は私のブラウスを元に戻すと、母に向かってこう言いました。
「スモールさん、大丈夫ですよ。 娘さんはただ人よりちょっと胸が大きいだけで、正常です。 なにも心配なさることはないですよ」。
母は安心した様子でした。 私はといえば、この時こそ自分自身の胸と正面から向き合い、長い闘いをはじめる決心がついたのかもしれません。
ティナ・スモール物語(2) / ティナ・スモール物語(4)
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック


















